「優しく見える差別」

ここしばらくちょっと色々とありまして、しばらくブログをいじっていない間に

コメントがいくつか届いていました。

そのほとんどはいつもの常連さんの彼が私への連絡ノート代わりに使っている

内容なのですが(笑)、一件だけ他の方からも頂いていました。

その内容というのは、私が以前の記事の中で書いた「優しく見える差別」という

言葉の意味を知りたいというコメントでした。

確かにその文脈の中ではわかりにくかったのでこちらで改めて。

その方にとって納得いくお答えになっているかはわかりませんが・・・

私がそこで言った「優しく見える差別」というのは、一見障害のある相手へ

優しさを持って接している様に外から見えるし、自分でもそういうつもりだったりする

けれども実は差別している事があるのでは・・・という事です。

それはマジェルカの活動の中で見たり知ったりしてきた事から感じた一つですが、

障害者に理解がある、応援しているという方が彼らの商品に対する価値を認めて

いないのだなぁと思える事がたまにあります。

障害者が作った製品は安くて当たり前だと考えている人はむしろそういう人たちの中に

こそ多いという気がしています。

マジェルカで扱う商品を「高い」という方が実は障害者を取り巻く方だったりします。

「同じようなモノがあそこではもっと安かったのにココのは結構するのね。」とかね。

あきらかに障害者を差別している方が言えば分かる(共感する意味ではなく)のですが、

障害者を支援している、応援している、と普段言っている人の中にそういう見方がまま

あったりします。

それに対して普段障害者を差別しているわけではなく、それ以前に、特に意識に留めて

いないような人は「障害者の作ったモノだから」というフィルターが当然ですが無い。

その分障害を持った彼ら彼女らの仕事や活動の成果である品物の魅力を評価してくれます。

「安いですね」という方も多くはこちら。

「障害ある方が作った商品なんですよ。」と告げると

「だったらもっと高くても良いくらいなのに。」と言われた事も何度かあります。

とはいえ「評価」には良い評価もあれば厳しい評価もあります。

変なバイアスがかかったフィルターを通さないお客様の目から見て頂いた際に、そのモノ

に対して価格が見合っていなかったり、商品としての価値が今ひとつだったりという

厳しい評価を受けるモノもあります。

(マジェルカはそれらを見極めるためのテストマーケティングの場ででもあるのですが。)

さて、そういった一般のお客様から厳しめな評価が生じるケース。

そのモノの価値を正当に認める、認めないというさっきの場合とは逆転して、この場合には

何故か障害者を取り巻く方々の方がむしろ優しく、甘くなったりする事が多いのはこれまた

不思議でもあります。

マジェルカでは手織りや陶芸、革細工やガラス工芸、その他様々なクラフト制作や

アート活動に携わる障害者福祉施設と一緒に商品の企画や販売を行っています。

福祉施設の現場の方々と関わりながら企画、製造した商品を吉祥寺の「マジェルカ」

を中心とした実際の売り場でお客様に販売を行います。

それらの活動にご自分も関わってみたいという方がいらっしゃればまずはアルバイトかパート

スタッフから初めてみませんか?

その他お店や商品企画などのお手伝いをして下さるボランティアスタッフも歓迎です。

(現在3名の方がボランティアのショップスタッフとしてお手伝いして頂いています。)

まずは電話かメールでお問い合わせくださいませ♪

6件のコメント

  1. 湯宇閉人

    「ローズウオーター」(スキンケア用)
    材料
    バラ(テス・オブ・ザ・ダーバーヴィルズ)3輪
    天然水 600ミリリットル
    グリセリン 約50ミリリットル

  2. ご返事有難うございました。言葉の意味は少し理解出来たように思います。私は障害のある方の事を理解しておりませんし、応援についても何が応援なのか分からず、自分に出来る事を着実に進めたいと思う程度です。障害のある方の環境を知りたいと思う過程で自尊心や自己肯定感など自身の事も考える事ともなり、何だ結局自分の事か、など感じたりしている日々です。
    そんな中、じっとしていられないのはオリンピックに向け、数十年に一度の障害のある方を取り巻く環境を変えて行ける時期でないかと感じております。
    目の前の悩みとして、障害のある方がオシャレと感じられて、着脱しやすい自立に役立つ服の開発に携わる機会があるのですが、色柄の表現の一つとして、障害のある表現者さんの意匠を対価を払い利用したらどうだろう、と思いつつ何か複雑に釈然としない感がありました。商品価値とは絶対評価だと考えると、やってみたら良いのかなと思えるようになりました。

  3. majerca

    「ひ」さま
    お返事ありがとうございます。
    私が述べる内容はあくまでも私の経験や立場からの考えや思いであって正しい正しくないというものではありません。
    こんな記事を書いておいてなんですが、自尊心や自己肯定感を求めない人間など余程の高みに至った類い稀な人で無ければいないと思いますし、行動力をそこから生み出せるとも言えるのではないでしょうかね。そしてそれ自体は悪い事だとは思えません。
    ただ、それを自分で理解して受け止めた上で相手と接したり活動するかと、それがあたかも自分にはないかのように偽るかでは色々と異なってくるのではないかと考えます。
    「さ」様も面白い活動に関わられているようで、障害者の事を理解しておらずとも、何が応援なのかわからずとも、おっしゃる通り自分に出来る事、そしてしたい事で関わっていく過程で、想像や受け売りではなく実際の中でご自身が感じたり知ったり、そして色々と試していく事の中から、誰よりもご自分が理解出来る自分なりの方法や考え方が見つかるのではないでしょうか?
    やってみる→評価してくれる人がいる=やる意味がある事
    だと私はシンプルに考えています。
    全てに受け入れられる方法でなくとも。

  4. 凉蘭

    過去記事へのコメントで失礼します。ちょっと某画伯のブログを探して通りかかった者です。
    仰るような優しい差別は確かに存在しますが、値段の感想についてはハンドメイドとアート作品の相場を知らないだけ。差別ではなく単なる無知だろうと普段から感じています。物の価値と相場を知らないだけじゃないでしょうか。

  5. majerca

    凉蘭様
    コメントありがとうございます。
    そうですね、必ずしも差別ではなくて凉蘭が仰るような理由からの判断で高い、安いという方もいらっしゃるとは思ってはいますが今回は差別の部分にクローズアップして描いてみました。

  6. 湯宇閉人

    涼蘭は本名じゃないけどクーカの不愉快の利用者

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