野菜づくりは子育てと似ている

こんにちは、メンバーのFです。

 

真夏のような猛暑も少しだけ落ち着きましたが、皆さま体調を崩してはいませんか?

 

先日のブログで、市民農園での野菜づくりのことを少し書いたのですが、我が家の野菜たちは暑さに負けず、少しずつ実をつけながらスクスクと育っています^^

 

 

私のような農作業初心者は暑い日が続くと

「こんなカンカン照りで枯れたら大変!」

と、苗が心配でついつい水を与えてしまいがちですが、実は地植えした苗が落ち着いたら、水やりはほぼ天気任せでもいいと最近知りました。

 

水をあげなくても野菜たちは土に含まれた水分を吸収しようと、雨の降らない期間は一生懸命水を求めて、地中深く根を張り巡らせる。そのように自分で水を得る力をつけた野菜は並大抵のことでは枯れない強いものに育つそうです。

 

ところが頻繁に水を与えた場合、野菜は「深いとこまで根を伸ばさなくても、水が得られる♪」と地面の浅い部分しか根を張らず、ますます頻繁に水やりをしないといけなくなる。

そうやって育った苗は根も弱く、実も大きく育たなくなる…良かれと思ってやっていた事が植物の「生きる力」を失わせてしまっているのですね。

 

 

「野菜づくりは子育てと似ている」という言葉があります。

 

大人があれこれ手を回し世話を焼きすぎることで、子供自身が工夫や行動をして、自分の力で問題を解決する機会を奪ってしまう。

本来子供たちが持ってる力や可能性を最大限に発揮するために、苦労したり悩んでる時でも、大人はぐっとこらえ、じっと見守ることが必要なんだなあ、と改めて思いました。

 

 

私にも高校生のひとり娘がいまして、今でこそ世話の焼きすぎを反省してますが、彼女が小さい頃の私は体調が優れず、むしろ世話することが出来ない状況でした。

 

身体が重く、昼も横になっていることが多かったので、学校から帰ってきた娘に「お母さん、また寝てる」と言われ、申し訳ない気持ちでいっぱいになったり。

 

やる気はあっても身体がついてこず、家事をするにもいっぱいいっぱいの状態で、手作りのおやつや絵本の読み聞かせなど、してあげられなかった事がたくさんありました。二度と戻ってこない娘の幼少期を思うと後悔することばかりです。

 

 

幸いここ数年は体調が安定し、幼少期にできなかったことを少しでもと、遅ればせながら「食育」を始めました。

 

 

今まで作ったことのない料理や、手作りのお菓子を少しオシャレな盛り付けをして娘の前に出すと「お母さん今日はどうしたの?」などと言われますが、それでも美味しそうに食べる様子が嬉しく、私自身も楽しみながら「食育」させてもらってます^^

 

もうすぐ娘の誕生日。

今年で17歳になり、親として手をかけてあげられる期間も少なくなってきました。誕生日は腕によりをかけて、イマドキの女子が喜びそうな「映える」料理を作ってあげたいと思ってます!

 

 

さてマジェルカにも料理が「映える」素敵な器たちがたくさんあるのですが、その中でも私が気になっているのが滋賀県にある「信楽青年寮」さんのお皿。

 

 

一点一点が手作りで形も色味もそれぞれ。少し厚みがあって、自由な線で柄が描かれたお皿は素朴で温かみがあり、いつもの料理も優しく引き立ててくれます。

マジェルカに来て下さるお客様も一点一点手に取って眺めたり、比べたりして時間をかけて選ばれているのが納得の商品です^^

 

お気に入りの一品をぜひ探してみて下さいね♪

 

信楽青年寮さんの器はこちら

 

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